【発達障害でも必ず成長する!】当たり前の事ができないという辛さ

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私の長男は軽度の知的障害と発達障害を抱えています。

今、学校で支援級に通いながらがんばって生活をしていますが時々、親として不甲斐なさを感じる時があります。

 

まわりの友達は当たり前のようにこなしている事ができなかったり、できたとしても非常に時間がかかってしまいます。

 

 

特に友達とゲームをした時などはなかなか勝つことができずき負け続けてしまって感情が爆発する事もあるようです。

 

 

幼稚園の時なんかはクラスでカルタ取りのゲームをしました。

 

ルールはわかっているけど、要領良い子供と対戦するとぜんぜんカルタがとれません…。

 

家でゲームをする場合は親が手を抜いたりしますが、お友達は容赦ありませんからね。

 

 

 

小学校に入ってからも同じです。

 

クラスでトランプの七並べをしても、どうすれば勝つことができるか先を読むことができずに単純にカードを出してしまって負けるってパターンが多くなってしまいました。

 

 

 

 

理解が深まらないもどかしさ

軽度の知的障害があるので、理解できても、それを応用したり、工夫したり、頭を回転させるのが苦手なようです。

 

そうした部分を見てあげながらこの子の将来を考えてあげないといけないと…改めて思わされます。

 

 

どんな仕事をするにしろ、小学校で学ぶ勉強は決して無駄になる事はありません。

 

国語で習う知識があれば自分で本を読むこともできるし、算数の知識があれば、買い物をしたり、家計簿をつける事ができます。

 

そんなに多くの事は望みません。

 

まわりの子どもたちが1でできる事をその何倍もの回数を繰り返したり、努力が必要になってきます。

 

 

その姿を見ていれば不憫に思うわけですね。

でも同時に希望も感じています。

 

時間はかかるし、なかなか身につかない…

けど繰り返して学習していけば、しっかりと自分のものとしてくれる面も垣間見られます。

 

 

比較する事ばかりでは子供は成長しない

親はついついまわりの子供と比べてしまいます。

 

  • どうしてこんな簡単な事が理解できないんだ。
  • まわりの子たちはしっかりしているのに、頼りない。
  • 何度も同じことを言えばわかるんた。

 

これらの言葉は所詮は親目線での発言でしかないのですね。

 

子供の目線に立って物事を考えてあげなければなりません。

 

親が簡単だと思うような事でも子供にとっては理解しずらい事だってあります。

 

そこをいかに理解を促してあげるか、それが大人の努めです。

 

自分の子供が頼りなく感じてしまいますが、それはまわりの子どもたちと比べるからです。

 

 

昔と今の子供の状態を比較すれば確実に成長を感じられるはずです。

 

大人に向けて、自立に向けて少しでもやれる事を増やしてあげるのが大切なのではないでしょうか?!

 

 

当たり前の事ができない

私は生活面も特に力を入れて教えています。

生活力をつけるという事は勉強と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に大切な事かもしれません。

 

  • お風呂でキレイに体を洗う
  • ご飯を作って食べる
  • 服を洗って干す
  • 部屋を掃除してキレイに保つ
  • きちんと体調の管理をする

 

生きていくにはこういった身近な事が非常に大切になってきます。

 

いつまでも親がしてあげるって訳にはいきません。

 

親は老いて子供の面倒を見きれなくなります。

 

 

少しでも自分の事は自分でできるように、早いうちから時間をかけて教えていってあげたいと思います。

 

 

 

 

 

 

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